長門有希のヒトミⅠ

なぜだろうな。
なにか問題が起こるかもしれないというときの連絡手段は「しおり」
そしてあの生活感のないマンション。
しばらくはハルヒの状態も安定しているらしく、古泉の急な呼び出しも減っているらしいというのに。
何なんだろうな。この胸騒ぎは。
まあ、いい。なにもないということがそんなに続くはずはないということは、わかっていたはずだしな。
とりあえずは、情報収集といこうじゃないか。
俺は早速エレベーターに乗り込み7Fへと向かった。
言わずもがな、この栞の持ち主の部屋へ、だ。


「・・・」


手元には苦いお茶。
どうもこの部屋では、このお茶を飲むのが通過儀礼らしい。
3杯目を注ごうとするところで、こちらから切り出すことにした。
またハルヒがおかしくなりかかっているのかと。
でもそうではないらしい。
じゃ、いったいなんなのだ。


「おかしくなるのは私。」


おいおい、いったいなんのことだ?
また、長門が暴走するのか。
ある意味ハルヒ以上に収拾がつかなくなるだろうに。
でも、前回と違って、あらかじめわかっていると言うことは、対策があると言うことに違いない。
そうじゃないのか?長門


「バグの除去方法の実行が、情報統合思念体からの指示。」


なんだ、今度は解決できるのか。
よかった、一般市民の俺にできることなんぞ、たかがしれているからな。
で、どんなことをするんだ?それにまさか俺が関係するってことはないだろうな。


「・・・」


長門の顔が微妙に上下した。
これは、ようするに肯定ということだな。
ま、そうでなければおれがこの場にいる意味が無いから、そういうことなんだろう。
そして、長門の膝元から眼鏡が取り出され、それは、以前あった場所に最初からあったかのように装備された。
え?それはあのとき無くしたやつか?
たしか、もうしなくていいんじゃなかったのか?


「次・・・」


突然長門がこちらの方に向かってくる。
いったい何をするつもりなのだろうか。
相変わらず説明は無しなんだな。

結局長門は俺の後ろに座って、読書を始めたらしい。
らしいというのは背中合わせに座っているらしく、
ちょうど俺の背中が長門にとっての背もたれになっているからだ。

ちょっとまて。
この体制だと俺はいったいなにをしていればいいのだ?


「・・・これ。」


後ろからわたされたのは一冊の本。
なるほど、この部屋での娯楽施設といえば、これしかないだろうなあ。
って、おい。
もしかしてこのままなのか?


「・・・そう。」


さすがに俺の顔が視界にないからだろう。明確な返事が返ってきた。
もっともこれを返事と理解できるやつが他にいるか微妙だがな。

しばし考える。
長門がやってきたことは基本的にすべて正しいことばかりだったはずだ。
たとえ、その方法、手段において、誤解を生じるものが多かったとしてもだ。
すると、一般人の俺のできることは、
素直にこの状態を受け入れること、ということになるだろうな。

少なくともハルヒと隣り合わせに座っているときの緊張感と比べたら、
今のこの状態は平穏なものといえるだろうし。
まあ、欲を言えば、朝比奈さんがいないことだろうか。
彼女がいると、平穏を通り越して、すべてが天国になってしまうからな。
一般人である俺としては、このあたりが妥協点なのだろう。

それでは、しばし、いつもの長門みたいに小説でも読みふけるとするか



・・・・
朝。
はて。
枕がある。
しかも布団の中だ。
さて、昨日はいつのまに自分の部屋に帰ったのであろうか。
それに、なんだかいつもと布団の感触が違うような、でも、なんだか懐かしい気がしないでもない。

目が覚めてきた。
天井を落ち着いて見てみると、
ここは俺の部屋ではない。
ではどこだ?


「・・・おはよう」


よく聞く声が俺の顔の真横から聞こえてきた。
なるほど、いつのまにやら、長門の布団のなかで一緒に寝ていたらしい。
まさか一緒に布団の中で過ごす相手が
シャミセンと妹以外では対有機生命体コンタクト用 ヒューマノイドインターフェイスになるとはな。

後から聞いた話によると、少なくとも、今朝の段階では長門の中に蓄積されていたバグ情報は一定の法則の元に
ある程度の安定状況に変化していったとのことだ。
バグが無くなったのではなく、安定状態、というのが気になるが、
この前のようなことが起きないのであるならば、いい傾向と言えるだろう。

で、確認したいんだが、もしかしなくてもこの方法は繰り返しが必要とかいうんじゃないだろうね。長門


「・・・そう」


なるほど、昨日、訪問したときに感じた奇妙な違和感はこれのことかもしれない。
まあいい、時々こうして長門の家にくるだけでいいんだろう?


「・・・今は」


おい、ちょっとまて、今はってどういうことなんだよ。
長門の発言とはいえ、少し心配になってきてしまうじゃないか。これは。
まあ、俺一人の行動で長門が安定するなら、ほかにしようがないよな。うん。

二人だけの部屋に携帯の呼び出し音が鳴り響きだした。
こんなタイミングでかけてくるのはあいつしかいないだろう。


「ほら、キョン。なにやっているのよ?休みだからといってSOS団の活動はあるんだからね。ちゃっちゃと駅前に集合。」

 
言うだけ言ったら、いきなり切りやがった。
あいつらしいというべきなんだが。
これもいつものことなのだから。

今度は聞いたことがない着信音が聞こえてきた。
なんと、長門も携帯をもっていたのか?
いつのまに?いや、持っていて当然だろう。
むしろ、携帯以上の何かをもっているほうが自然だろうしな。


「・・・了解。」


内容は聞かなくてもわかる。
とりあえず、一緒に駅まで行こうかね。


「・・・そう」


こころなしか長門の口元がうれしそうに見えたのは気のせいだったのだろうか?

このあと、一緒に駅前についたのに、なぜか俺だけがSOS団全員のお昼をおごることになったのだが。
どうしてそうなるのか、はっきりと説明してくれないかね、ハルヒよ。
到着時間は長門と一緒なんだがな。


「レディーファーストよ。知らないの?」
「私の有希にそんな負担させられるわけないじゃないの」


ちょっとまて、その理屈はおかしいぞ。
そうなると俺が朝一番に到着してもおまえ、おれにおごらせる気だろう?違うか?


「そんなことないわ、試しに一人で今度は集合場所に一番乗りしてみなさいよ。そしたら考えるから」


考えるというのが引っかかるが、今回はこれで手打ちとしておこうか。
今度長門の家で過ごす時ように、本をもう少し仕入れておかねばなるまいて。
昨晩寝てしまったのは、きっと、小難しい表現ばかりの文章を読んでいたに違いないからな。

今度は長門の寝顔を一度は眺めてみたいものだしな。
長門が本を読んでいない状況で、ハルヒが落ち着いている時間、
かなり貴重だと思うんだが、どうかね。みんな。